narisokone

突然思い出すことがある。

何気なく10時のドラマを見ていて、広瀬すずさんが乗っているスケートボードの絵が気になった。
この絵は見たことがある。


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そうだ。クレーの絵本に載ってた絵だ。
パウル・クレーの忘れっぽい天使。

クレーの絵本を手に取ってページを開いてみる。


〜以下 クレーの絵本より〜


いつまでも
そんなにいつまでも
むすばれているのだどこまでも
そんなにどこまでもむすばれているのだ
弱いもののために
愛し合いながらもたちきられているもの
ひとりで生きているもののために
いつまでも
そんなにいつまでも終わらない歌が要るのだ
天と地をあらそわせぬために
たちきられたものをもとのつながりに戻すため
ひとりの心をひとびとの心に
塹壕を古い村々に
空を無知な鳥たちに
お伽話を小さな子らに
蜜を勤勉な蜂たちに

世界を名づけられぬものにかえすため
どこまでも
そんなにどこまでもむすばれている
まるで自ら終わろうとしているように
まるで自ら全いものになろうとするように
神の設計図のようにどこまでも
そんなにいつまでも完成しようとしている
すべてをむすぶために
たちきられているものはひとつもないように
すべてがひとつの名のもとに生き続けられるように
樹がきこりと
少女が血と
窓が恋と
歌がもうひとつの歌と
あらそうことのないように
生きるのに不要なもののひとつもないように
そんなに豊かに
そんなにいつまでもひろがっていくイマージュがある
世界に自らを真似させようと
やさしい目差しでさし招くイマージュがある





私は何故だか天才肌の人から好かれることが多い。
決して私は彼らと同じ仲間では無いと思う。
鋭敏な感性も卓抜した頭脳も持ち合わせていない。
そんな風に見せかけている偽物だ。

この絵本を紹介してくれた人もすごく素敵な感性を持った方だったけれど、
私は意味がよくわからなかった。

心が震えてなんとなく気になった。

これが関の山。
面白く無いとか、全く無価値とかそういうわけじゃ無いけれど、彼らのような凄い視座で芸術的なものを見ることが出来ない。
すごいねとか面白かったとかそういうことしか言えない。気の利いた批評家みたいなことなんて言えやしない。

その度に私は自分が「なり損ね」だと思う。
子供の頃絵が特選になってテレビに出たりしたけれど、結局才能は開花してないし、
音楽だって才能があるアリという感じじゃない。絶対音感もない。
天才じゃない。

でもなぜか私はよくこういうのを教えてもらえる。
また見る。同じようなことを思う。


でもみんな「それでいいんです。」と言う。
そう..なのかな?
よくわからない。私は才能溢れる彼らと一緒ではないと思う。
私なんかでいいの?
と、やっぱり真の意味はわからないクレーの絵本を読みながら思うのでした。

庭の話は無いけれど、ふと思い出したから備忘録として書いておこう。