リサイクルバケツとラグマット

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リサイクルバケツを手に入れました。
インテリアグリーンの事、というかインテリアを少し考えようと思っているので、アジアンタムの鉢カバーにしました。


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それとこれらを乗せているシェルフにかけるマットを交換。
前から少しネイティブアメリカン系の柄のマットを敷きたかったのだけれど、カーテンを青くしたことを機に変えました。
青いカーテンと前のデニムラグが被って青々しかった事もあります。



インテリアは自信がありませんでした。私は奇抜なので欲しいと思ったものがどれも変わっていて、
それぞれがうまくマッチしないと思っていました。
でもセンスが良いなと思っている人にインテリアは自分の好きなものを集めたのでいいんだって言われて私は自分のセンスを信じて色々やってみる事にしました。
うん、本で見て何かを選ぶよりずっといい。私は私で良いんだって思えます。






私はちょっと複雑で、簡単いうと「生まれながらにして変わった人間でそれを恥じているけれどどうやっても普通になれない人間」です。
よく母親や父親から変わった子と言われ続けて私は自分の変わった部分をありのままさらけ出すことを禁じてきました。
とにかく自分は常識がない恥ずかしい人物だと思ってしまったのです。
しかしどうやっても自分のおかしい部分が出てしまう。

次に私は「変わった人間」達に出会います。いわゆる世の中の人が思っているアーティストタイプ。
最初は彼らの生まれながらにして変わっていて何も恥じることなく生きる姿が良い様にも思えました。
しかし何かが違うのです。
彼らには私が日々思い悩む「それを恥じているけれどどうしても普通になれない」の部分が欠落しているのです。普通であること自体が何にも理解できない。常識なにそれおいしいの?と言わんばかりの彼らに私は魅力を感じませんでした。
無くて恥じるものとは欲しくて欲しくてたまらないものなのです。それを持ってもいないし欲しがりもしない。そこがとても残念に思えるのです。


複雑でしょうね?私は自分と同じタイプの人に出会った事がありません。






しかし私はすごく魅力的な感性を持った人たちに出会います。
彼らはとてもセンスが良く、間違いなくアーティスティックなのですが、あの2番目に出会った変わった人達とは違うソフトでみんなに好かれる何かを持っているのです。

私が常識がないけれど常識的に生きたい人種であるとすると彼らは「常識があるけれど敢えて変わった事をやって行く人種」なのです。平たくいうと「みんなと一緒が嫌だ。」というタイプなのでしょう。
ベクトルが全く違うかもしれないけれど、元いた陣地を背にして違う自分を悩みながら求めるという姿勢を私はとても素晴らしく思えました。何より私が欲しい常識を持った上でそれを壊して新たなものを作ろうというのです。ものすごくカッコいい。
たとえ違う悩みを抱えていても、矛盾する姿を見ると親近感がわくのです。そしてそういう人に「ありのままでいい」と言われるとなんだかすごくわかってもらえた気がするのです。

こんな変な私でもセンスが良い人になれるのかな?ってね。
勇気づけられます。



おまけ


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ユニクロクリストフルメールか何かのコラボ商品のカーディガンを買いました。
襟付きのコットンニットカーデ。


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インナーにバンドカラーシャツを入れたら面白いかなと思いました。
普通襟がついたシャツに襟がないカーディガンを着るところ反対に合わせるという感じ。


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もちろんブルゾン風にタートルカットソー入れても良いですね。くっしゃくしゃ(笑)


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モードなシャツと合わせてもいい感じ。トップのボタンまで止める様な着方が良さそう。

襟が面白い服に惹かれます。



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